東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)71号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第三号証(昭和五三年五月八日付け手続補正書)中の補正明細書、甲第五号証(昭和五七年三月九日付け手続補正書)、甲第七号証(昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりと認められる(別紙図面参照。なお、右昭和五七年三月九日付け手続補正書、昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書及び成立に争いない甲第四号証(昭和五六年七月二三日付け手続補正書)による字句の細かい訂正については、引用箇所の摘示を省略する。)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、地球の赤道面と小さい角を作る軌道面にある低傾度軌道(例えば別紙図面第5図の軌道80)を回り、そのピツチ軸の方向に角運動量(例えば別紙図面第1a図の<省略>)がバイアスとして与えられている軌道衛星のロール誤差とヨー誤差を自動的に制御して、衛星のピツチ軸と角運動量ベクトルとを前記軌道面に対して垂直な所望の姿勢をとるように方向付ける姿勢制御装置に関する(昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書第二頁第一一行ないし第一八行)。
衛星において周知の磁気的トルカ方式(磁気的な方法でトルクを発生させ、利用する方式)は、トルク発生装置が作る磁場と地球の磁場とが相互に作用して発生する反作用トルクが、トルク発生の続く時間と磁束の大きさに比例して、衛星の基準軸の位置を修正するものである(補正明細書第三頁第二行ないし第一二行)。
米国特許第三八三四六五三号「衛星のための閉ループ・ロールとヨー制御」(昭和四九年特許出願公開第八〇〇〇号公報)に開示されているロールとヨー誤差を制御するための閉ループ・システムは、衛星のジヤイロスコープ効果を利用することによつて、感知されたロール誤差を閉ループ系の唯一の入力パラメータとして用いるもので、ヨー感知器及びこれに応じてロール軸の周りに与えられる修正トルクを不要にしている。同期(静止)または低傾度軌道にある衛星において、そのロール軸に平行に向けられた磁気双極子は、ロール軸の向き(傾き)があらかじめ定められた閾値を越えると、軌道面に垂直な主磁場と作用し合つてヨー軸を中心として働く制御トルクを発生する(同第五頁第一行ないし第一九行)。この方法では、制御トルクはヨー軸に対してだけ与えられ、ヨー誤差がロール誤差として感知されるときはいつでも、磁気的トルクによつて、ロール誤差として感知される誤差部分を直接減少させ、それによつてヨー誤差を間接的に減少させる。(昭和五七年三月九日付け手続補正書第二頁第一八行ないし第三頁第三行)。これは、ある角運動量がバイアスとして与えられた地球軌道衛星のロール誤差は、軌道の約1/4周ごとに正弦波的に交替するという事実を利用している。特に、衛星の運動量ベクトル及びピツチ軸が軌道面に対して垂直となるように方向付けられ、かつ、軌道全体を通してピツチ軸を中心に回転しているものと仮定すると、ロール誤差とヨー誤差の双方が存在するときは、軌道に沿う第一の軌道位置では、所定の閾値を越えて検出されたロール誤差が修正され、衛星が第一の軌道位置から九〇度離れた第二の軌道位置に向かつて飛行を続け第二の軌道位置を通過するときに、第一の軌道位置でヨー誤差として観測された誤差がロール誤差として感知される。その結果、衛星のロール誤差が軌道全体を通して連続的に感知され、所定の閾値以上のロール誤差があるときは、衛星のロール軸とヨー軸を交替に(結果的にはピツチ軸を)所望の方向へ位置付けるように、トルクが衛星のヨー軸を中心としてのみ与えられる。ロール誤差の閾値を低くすると、ロールの正確さを改善するという点では有利であるが、ヨー誤差は、ある場合には減少されるが、他の場合には増長されることになる(同第三頁第一一行ないし第五頁第一一行。後記の、第2図においてロール誤差閾値を線34に設定した場合を参照)。
本願発明は、ヨー感知手段を使用せずに、しかもヨーの抑制作用を正しく制御しつつ、ロール誤差とヨー誤差の双方を直接に最小化する高度に精密な軌道衛星の姿勢制御装置を提供することを目的とする(補正明細書第七頁第二〇行ないし第八頁第三行)。
(二) 構成
本願発明は、前記目的を達成するために、その要旨とする構成を採用したものである(昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書第二頁第一八行ないし第四頁第四行)。
別紙図面によつて説明すると、第1a図の10は衛星あるいは宇宙船(以下「衛星」という。)である。その質量中心12から、互いに垂直な三本の軸線、すなわちX軸(14)、Y軸(16)及びZ軸(18)が伸びている。これらの軸は、通常、ヨー軸、ロール軸及びピツチ軸と呼ばれる(補正明細書第九頁第三行ないし第一〇行)。
ピツチ軸18は運動量輪(図示されていない。)の回転軸に平行であつて、全角運動量ベクトル<省略>21と共線的関係にあるので、衛星10はピツチ軸18を中心として反時計回りに自転する。ヨー軸14とロール軸16とは、互いに垂直であると共に、それぞれピツチ軸18と直交している(同第一〇頁第一行ないし第一五行)。ピツチ軸18は、衛星10の軌道面に垂直である(同第一一頁第四行及び第五行)。
本願発明によれば、地球からの制御指令を必要とせず自動的作動手段によつて、角運動量ベクトル<省略>21で決まる衛星の方向を軌道法線と一致させることができるが、右自動的作動手段は、閉ルーブを構成する普通のトルク発生器、感知器及び電気的な論理回路を持つものである(同第一一頁第六行ないし第一三行)。
第1b図には、本願発明の実施例の説明に用いられる、いくつかのパラメータを表す線図が示されている(同第一一頁第一四行ないし第一六行)。φは、衛星のロール角であつて、軌道面に対する法線24aと速度ベクトル23aで形成される平面とピツチ軸18との間の角である(同第一二頁第一四行ないし第一六行)。
本願発明においては、ロール誤差が、閉ループ系の唯一の制御入力パラメータとして用いられる。第2図に、「名目上の」ロール/ヨー平面における衛星の角運動量ベクトルの投影の軌跡が示されている。妨害トルクが存在しなければ、この角運動量ベクトルは名目ロール/ヨー平面に垂直であり、したがつてそのベクトルの投影はこの平面に現れない。太陽風圧力、重力勾配あるいは衛星の磁気双極子の残留磁束などが、単独にあるいは組み合わされて生じる妨害トルクの結果として、前記角運動量ベクトルは、名目ロール/ヨー平面に垂直な位置から外れ、衛星にロール誤差とヨー誤差が現れる。この角運動量ベクトルの移動の名目ロール/ヨー平面への投影は36で示される径路を描くが、右径路36は、制御トルクが与えられなければ、次第に半径が大きくなる渦線を形成する(その渦線の一部分のみが第2図に示されている。)。ロール軸16に平行な向きを与えられ、かつ、名目的ヨー・トルクを発生する双極子によるトルク作用がロール誤差とヨー誤差に与える効果を示すために、第2図には-φ1(30)、-φ2(32)及び-φ3(34)で示される三つのロール誤差閾値が描かれている。各誤差閾値は、磁気的トルク作用の始められる以前に、衛星に生じていることが許されるロール誤差限界の大きさを角度で表している。双極子は衛星のロール軸に対して平行に配置されているので、それから生ずるトルクはヨー軸にだけ供給される。ロール軸に供給されるトルクが存在しないため、発生する修正トルクは、38、40、42………で示された方向に向かつて、すなわちロール軸誤差だけをゼロに減少させるような歳差運動を起こす。前記のロール誤差閾値が線30に設定されると、ロール軸に平行とされた双極子による磁気的トルク作用の効果として、径路38で示されるようにロールとヨーの双方の誤差が減少させられる。ロール誤差閾値が線32まで低められると、磁気的トルクの効果として、径路40で示されるようにロールとヨーの両誤差が減少させられるが、各誤差の減少量は、閾値が線30に設定された場合における減少量より少ない。ロール誤差閾値がさらに線34まで低くされると、径路42で表されるように、ロール誤差は減少するが、ヨー誤差は増加する。したがつて、ロール軸に平行にされた磁気的トルク発生器を用いる場合、ロール誤差閾値を低く選ぶとヨー誤差を成長させることになり、その大きなヨー誤差がジヤイロスコープ的な直交結合作用によつてロールに加えられ乱れが増すために、かえつてロール誤差修正性能を損なう可能性がある(同第一三頁第一一行ないし第一五頁第一六行、昭和五七年三月九日付け手続補正書第七頁第一九行ないし第八頁第六行)。
次に、第3図にも、妨害トルクが存在する場合における衛星の角運動量ベクトルの名目ロール/ヨー平面に対する投影が、径路50の渦線で示されている(補正明細書第一五頁第一七行ないし第二〇行)。本願発明によれば、磁気的トルク発生手段は、衛星のヨー軸とロール軸で形成される平面内にある磁気双極子を形成するように設けられるが、この双極子は、第2図の場合とは違つて、ロール軸に対して平行ではなく、右平面内において所定の偏角だけロール軸から変位するように方向付けられる。その結果、本願発明の双極子が付勢されると、合成トルクの各成分が、ロール誤差をゼロに減少させるようにヨー軸に供給され、また、ロール軸に対してもある方向に供給されて、ヨー誤差をゼロにする方向にヨー軸を中心とする歳差運動を起こす(補正明細書第一六頁第五行ないし第八行、昭和五七年三月九日付け手続補正書第八頁第一一行ないし第二〇行)。
すなわち、ロール誤差閾値が線44に設定されているときの、前記偏角(スキユー)を与えられた双極子による磁気的トルク作用の効果が、径路52で表されている。第3図の径路52と第2図の径路38を比較すれば、同じロール誤差閾値(-φ1)について、偏角を与えられた双極子の方が、ロール軸に平行に配置された双極子に比較して、はるかに大きくロール誤差とヨー誤差を減少させることが分かる。同様に、第2図と第3図の比較によつて、-φ2と-φ3のロール誤差閾値についても、偏角を与えられた双極子は、径路54、56で示されるように、ロール軸に平行な双極子よりも良好な修正をロール誤差とヨー誤差の両方について行うことが分かる。特に、ロール誤差閾値が-φ3まで下げられると、偏角を与えられた双極子では径路56で示されるようにロール誤差とヨー誤差の双方が減衰されるが、ロール軸に平行な双極子では径路42で示されるようにヨー誤差がかえつて増大することは前記のとおりである(補正明細書第一六頁第一四行ないし第一七頁第一一行)。
一つの計算機化モデルに従つて、種々のロール誤差閾値に基づく計算を行い、双極子磁場の強さ、ロール/ヨー平面内での双極子位置を決定した。この計算には、ピツチ軸方向に特定の角運動量がバイアスとして与えられた低傾度軌道衛星の計算機化モデルを使用した(昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書第四頁第一九行ないし第五頁第四行)。この計算機化モデルに用いられた入力パラメータは、地球の磁場(約〇・九ミリガウス)、軌道の形(静止軌道)、衛星に与えられると予想される種々の妨害トルク(ロール軸に沿つて約四〇μin―lb)及び衛星運動量(三五〇in―lb・sec)である。妨害トルクは、個々に、あるいは互いに組み合わされて働く太陽風圧力、重力勾配、衛星の残留磁気双極子などから生ずる。これらの妨害トルクは、太陽風圧力及び重力勾配によるトルクの効果は衛星の船体の表面性質及び重力性質を具体的に定めることによつて、また、残留磁気双極子によるトルクの効果は衛星の船体の各軸における双極子成分(前記計算機化モデルでは五・〇Atm2)を具体的に定めることによつて、計算に入れることができる。それから、偏角を与えられた双極子とその種々の方向を計算機化モデルに入力した後、ロール/ヨー平面内での双極子にとつて最良の方向を決めるために、双極子の大きさと方向を変化させた。この特定のピツチ軸方向にある角運動量がバイアスとして与えられた衛星とこれに与えられた任務に対して、ロール誤差閾値は〇・〇二度に設定することができ、双極子磁場の強さは九〇・〇Atm2であり、また、双極子はロール/ヨー平面内で〔+ロール軸〕から〔-ヨー軸〕に向けて七〇度だけ回転させた軸線に平行の方向を与えるべきことが、コンピユータ・モデルで示された(補正明細書第二一頁第一七行ないし第二三頁第二行)。
(三) 作用効果
本願発明によれば、ロール/ヨー平面内において磁気双極子にあらかじめ定められた偏角を与えることにより、変位して発生した磁気双極子が地球の磁場と相互に作用し合つて、ロール軸とヨー軸との双方に沿う磁気的トルクが発生する。その結果、ヨー誤差の増大を生ずることなく、ロール誤差閾値をいくらでも(ゼロまでも)低く設定することが可能となるため、ロール軸に平行に配置された双極子に比較して、軌道衛星を所望の姿勢をより正しく維持することができる(昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書第四頁第五行ないし第一三行、補正明細書第一七頁第一二行ないし第一六行)。
2 本願明細書の発明の詳細な説明の記載について
審決は、本願発明の双極子磁場の強さ及びロール/ヨー平面内における双極子位置の最適値の決定には計算機化モデルの特定が不可欠であると説示している。そして、被告はこの点について、本願明細書に計算機化モデルによる以外に偏角の決定方法の開示がない以上、計算機化モデルの開示は本願発明を容易に実施するために不可欠の要件というべきであると主張する。
確かに、本願明細書には「ロール軸から予め定められた偏角」の大きさを決定する際に使用する計算機化モデルの開示がないが、前記の本願発明の技術的課題(目的)及び構成によれば、本願発明の特徴は、特許請求の範囲中bに示されている「ロール軸から予め定められた偏角だけ変位した軸上に磁気的双極子を発生させる」点にあり、双極子磁場の強さ及びロール/ヨー平面内における双極子位置(すなわち偏角)の最適値の決定方法にあるのではないことは明らかであるから、偏角の大きさの決定に使用し得る計算機化モデルの開示がないことが、直ちに明細書の発明の詳細な説明の記載不備になるとはいえない。
なお被告は、昭和六〇年九月二〇日付け手続補正書第四頁第一九行ないし第五頁第四行、補正明細書第二一頁第一七行ないし第二三頁第二行の記載は衛星の径路の事前確定に代わるものであると主張するが、右記載は計算機化モデルを使用して双極子磁場の強さ及び磁気双極子の偏角を決定した一実施例を示したにすぎないことが明らかであつて、これを衛星の径路の事前確定に代わるものと認めるべき理由はない。
そして、後記3のとおり本件出願時における軌道衛星分野の当業者の技術水準を考慮すれば、「予め定められた偏角」は容易に決定し得るものであるから、本願発明を実施するためには計算機化モデルの開示が不可欠であるとすることには理由がない。ちなみに、審決が開示不可欠と指摘しているパラメータも、その一実施例が補正明細書第二一頁第一七行ないし第二二頁第九行に明示されていることは前記のとおりである。
したがつて、計算機化モデルの開示がないことを理由として本願明細書の発明の詳細な説明は当業者が容易に実施し得る程度に記載されているとは認められないとした審決の判断は、誤りといわざるを得ない。
3 本願明細書の特許請求の範囲の記載について
(一) 審決は、本願発明の特許請求の範囲bにおける「予め定められた偏角」の記載について、このような機能的限定は特許法第三六条第五項に規定する要件を満たすものとは認められないと説示している。
確かに、本願明細書中には、右「予め定められた偏角」の決定方法、あるいはその必要な大きさの特定に関する直接的な記載はない。しかしながら、別紙図面第2図及び第3図を参照して前記の補正明細書第一三頁第一四行ないし第一七頁第一六行の記載を理解すれば、当業者ならば必要な偏角の大きさを容易に決定し得るものと認めるのが相当である。すなわち、
磁気双極子をロール軸に平行に発生させて衛星の姿勢制御を行う方式においては、ロール誤差閾値を低く設定すると、その修正トルクの作用を表す線の先端が別紙図面第2図の矢印42で示されているようにヨー誤差軸上では径路36の外側に位置してしまい、この外側に飛び出した分だけヨー誤差をかえつて増大させる結果となる。このようなヨー誤差の増大を避けるためには、修正トルクの作用を表す線の先端とヨー誤差軸の交点が、ロール誤差閾値の大小にかかわらず常に衛星の径路とヨー誤差軸の交点より左側に来るように修正トルクの作用を表す線を傾斜させればよい(別紙図面第3図参照)。このことは、発生される修正トルクがヨー誤差修正成分をも含むように磁気双極子を傾斜させることを意味するが、右傾斜の角度は、希望するヨー誤差修正量に応じて任意に決定し得る。例えば、別紙図面第3図において、ロール誤差閾値を-φ3に設定したときは、ロール誤差は-φ3で表される量の修正を要し、ヨー誤差は、矢印56の起点からロール誤差軸に平行に下ろした線とヨー誤差軸の交点と、衛星の径路50とヨー誤差軸の交点との間の長さで表される量の修正を要することになる。このようにして修正を要するロール誤差の量及びヨー誤差の量が求められれば、これらを修正すべきロール軸方向のトルク成分及びヨー軸方向のトルク成分(したがつて総合的な修正トルクの方向及び大きさ)は直ちに算出できるが、必要とする修正トルクの方向さえ判明すれば、周知の磁気トルカ方式に従つて所要の磁気双極子の位置(すなわち偏角)を決定することは、当業者にとつては容易な事項に属すると認められる。
以上のとおりであるから、本願発明の特許請求の範囲bにおける「予め定められた偏角」との限定が機能的なものであることは否定できないとしても、本願発明の技術的課題(目的)及び構成から考えれば、必要な偏角の決定方法自体は、本願発明の必須の構成要件であるとはいえないというべきである。
(二) この点について、被告は、衛星の径路は事前に確定できないから補正明細書第一三頁第一四行以下の記載に基づく偏角の決定は不可能であると主張する。
しかしながら、前出の補正明細書第一三頁第一六行ないし第一四頁第八行によれば、別紙図面第3図の径路50で表されるロール誤差及びヨー誤差は妨害トルクの作用によること、妨害トルクは太陽風圧力、重力勾配及び衛星の残留磁束などによつて発生すること、したがつて妨害トルクの実態を把握できれば衛星の径路を描くことが可能であることが認められる。ところで、太陽風圧力は衛星の高度にかかわらず一定値であること、及び、重力勾配及び衛星の残留磁束と地球磁場の相互作用によるトルクは衛星の高度に応じて一義的に決まる特定値を示すことは、衛星の姿勢制御の技術分野においては技術常識であるというべきであるから(なお、太陽風圧力は太陽活動と地球磁場の相互作用によつて変動することは被告の主張のとおりであるが、その変動の周期が極めて長いものであることは周知であるから、わずか数年ないし一〇年程度にすぎない衛星の実用期間においては、右変動は無視して差支えないといえる。)、衛星に作用する妨害トルクは、衛星の高度に応じて当業者ならば容易に算出できるものである。そして、右妨害トルクの算出値と衛星の設計上の諸元が既知のものとして与えられれば、予測される衛星の正規姿勢からの傾き、すなわちロール誤差及びヨー誤差は直ちに求めることができるから、全角運動量ベクトルのロール/ヨー平面内における投影の軌跡である衛星の径路は、各瞬間におけるロール誤差及びヨー誤差の実測を要することなく、事前に確定し得るものであることは明らかである。
また、被告は、妨害トルク作用下においては衛星のピツチ軸回り運動は、自転運動とニユーテーシヨンによる公転運動との重ね合わせとなるが、本願明細書にはニユーテーシヨンの寄与分の除去補正についての記載がないと主張する。
しかしながら、前出甲第三号証(第一一頁第二行ないし第四行)によれば、補正明細書は運動量ベクトル<省略>がピツチ軸と共線的である、すなわちニユーテーシヨンがないと仮定した実施例について説明されているのであるから、ニユーテーシヨンと関連付けた技術説明がないことをもつて本願明細書に記載不備があるとはいうことはできないし、審決も本願明細書にニユーテーシヨンが存在する場合の記載がないとの指摘はしていない。ちなみに、ニユーテーシヨンによる不都合は、ニユーテーシヨン・ダンパなど周知の技術によつて解決し得ることは技術常識である。
右のとおり、特許請求の範囲の記載に関する被告の主張はいずれも理由がない。
(三) したがつて、本願明細書の特許請求の範囲の記載は機能的であつて法に規定する要件を満たすとは認められないとした審決の判断も、誤りである。
4 以上のとおり、審決は、本願発明の技術内容を誤認した結果、本願明細書の記載が特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たすものとは認められないと誤つた判断したものであつて、違法であるから、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
地球の赤道面と小さい角を作る軌道面にある低傾度軌道を回る、ピツチ軸方向に角運動量がバイアスとして与えられた軌道衛星のための、この衛星のロール誤差とヨー誤差を自動的に制御してその衛星のピツチ軸と角運動量ベクトルとを前記軌道面に対して垂直な所望の姿勢をとるように方向付ける姿勢制御装置であつて、
a 前記軌道面に対する法線と速度ベクトルとによつて形成される面からの前記ピツチ軸の角偏差、すなわち、前記所望の姿勢からのロール軸の回りの前記衛星の偏差を表す出力信号を発生するロール誤差感知手段と、
b 前記衛星に設けられていて、前記衛星のロール軸とヨー軸を含む平面内に在つてこの平面内において前記ロール軸から予め定められた偏角だけ変位した軸上に磁気的双極子を発生させる磁気的トルク発生手段と、
c 前記感知手段に結合されていて、前記感知手段の出力信号が所定のロール誤差閾値を越える時点を検知し、且つ、前記感知手段の出力信号の符号が変るまで制御信号を生成する検知手段と、
d 前記検知手段に結合されていて、前記検知手段の前記制御信号に応じて前記磁気的トルク発生手段を附勢して前記磁気的双極子を発生させる手段と
を備えた軌道衛星の姿勢制御装置(別紙図面参照)
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙図面
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